みつるの読書部屋

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『戦艦武蔵ノート』(吉村昭) ― もう聞けない証言

こんばんは、扇町みつるです。

綿密な取材ノート『戦艦武蔵ノート』

『戦艦武蔵ノート』(岩波現代文庫/吉村昭)は、吉村昭先生が執筆した小説「戦艦武蔵」のための取材ノートである。

著者は造船技術についても素人だったらしいが、綿密な取材を地道に重ねて、戦艦武蔵が建造され戦線に送られ轟沈するまでを見事に描いた。

  

戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

戦艦武蔵ノート (岩波現代文庫)

 

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この取材ノートは昭和40年頃に作成されたらしい。終戦から20年、まだ当時それなりの地位やポジションにいた人物が健在だった時代だ。

戦艦武蔵建造に関わった技師や設計士、戦艦武蔵に乗艦した元海軍士官など、様々な人物に取材をしており、小説はもちろんだが、この取材ノートを読んでいるだけでも当時の緊張感が伝わってくる。

 今は聞けない貴重な証言

だが、本書の中には戦艦武蔵の建造過程に関する証言の他に、著者自身の戦時中の回顧も書かれている。私はそちらに注目した。

 

二十年前に不意に終結した八年間の戦いの日々は、あれは、一体私にとってなんだったのだろう。
戦後、戦争に対する概念は、ゆるぎない確かさで定着し、すでにそれは人々にも納得され、異論のさしはさむ余地もないように思える。戦いの中の歳月は、暗黒の時代でもあり、人々は戦いを呪い、かなり多くの者たちが戦いを批判的にながめ、それぞれの形で抵抗したともいう。こうした回想の中には多分に自己保身の弁明口調のものもまじっているようだが、いずれにしてもそうした発言が入念に反復されていくうちに、私は、自分一人が完全に疎外されているような白々した思いを味わいつづけてきた。

 

私なども戦時中、あの異常な時期を決して異常なものとは思わなかった。生れついてすぐから、××事変と称する戦争が相ついで発生していたし、いわば、戦争は、極めて日常的な変哲もないものであった。そうした私にとって、戦争が人類最大の罪悪などという意識はまったくといっていいほどなかった。 

 

一部ではあるが、これは当時を生きた人の紛れもない証言である。戦争というものが日常にぴったりくっついていた少年時代、戦後のギャップ。

当時十代の少年だった著者が20年後三十代になり、冷静に当時を振り返ることが出来る年代になったから、そして、近すぎず遠すぎない程度の時間の経過があったからこそ出来た証言ではないかと私は考えた。

 

もしも現在、著者がご存命だったとして、戦後七十余年経った今同じ証言が出来たかと言えば必ずしもそうとは言い切れないだろう。

現在もまた、昭和40年頃の社会の空気とは違ったものになっているはずだからだ。

 

このように、「戦艦武蔵ノート」は戦艦武蔵がどのように建造されていったのかという貴重な証言に加え、著者自身の戦時中の回顧も書かれており、当時がどんなだったかを知る貴重な一冊である。

 

今は戦時中の証言が出来るのは、当時子供だった世代の方がほとんどになっている。

空襲が恐ろしかった、親とはぐれた、家族は死んでしまい孤児になった…など、生の声で聞けるのはほぼ子供目線の証言になってしまっている。

 

本書を読むことによって、当時そこそこの年齢、ポジションにあった人物の証言や、そこから読み取れる当時の空気を知ることによって、あの戦争はなぜ起きたのかを考える一端となるのではないかと思った。