『上皇の日本史』(本郷和人/中公新書ラクレ) ― 上皇の歴史は日本の歴史
上皇という存在と私
こんばんは、扇町みつるです。
いよいよ天皇陛下の退位の儀式が始まりました。退位された後は、上皇という位にクラスチェンジ致します。
上皇―太上天皇を略して上皇といいます。
さて、この上皇ですが、今の時代ではとってもとってもレアキャラなんです!なぜかというと、上皇の出現は、江戸時代にいた光格天皇以来二百年ぶりだから。
そして、現在の法律(皇室典範)では天皇は終身在位(亡くなるまで天皇のまま)なので、上皇という存在はあり得ないからです。
私は、天皇陛下が退位されて「上皇となられる」というニュースに、ふぉぉぉぉぉぉぉ!!!!と思わず声を出して興奮してしまいました。まさか、自分が生きている時代にガチの上皇さまが現れるとは思わなかったからです。
そんなに興奮するようになったのは何故か。
きっかけは2012年の大河ドラマ「平清盛」です。
上皇との出会いを作った大河ドラマ「平清盛」
大河ドラマ「平清盛」というと、視聴率が低い、画面が汚い、などネガティブな話題でその名前を見かけた方も多いかもしれません。
視聴率のことを言われるのは大河の宿命ではありますが、2012年の時既に日曜18時からBS先行放送があり、20時の地上波本放送、土曜13時05分からの再放送もあり、ハッキリ言って「日曜8時だけ」の視聴率をとやかく言われる義理はもうとっくに無くなっていたんですよ。
このあたりの話だけで記事が何本か書けてしまうので、今回はこれくらいにしておいて…、さて、この作品の中には数名の上皇が登場します。
白河上皇―かなりな権力を持っていた人。それでも思い通りにならなかったものがあり、天下三不如意と呼ばれています(賽の目、鴨川の水、比叡山の僧)。大河では伊東四朗さんが演じました。
鳥羽上皇―白河上皇の孫。息子の崇徳上皇といろいろあって後の騒乱の火種を作ります。この人が亡くなると摂関家や武士などいろいろな勢力のパワーバランスが崩れて保元の乱へ。大河では三上博史さんが演じました。
崇徳上皇―怨霊として有名な人。母親の待賢門院に白河上皇との不義疑惑があり、父親の鳥羽上皇から”叔父子”と言われ疎まれる(事実だとしたら鳥羽上皇の叔父になってしまうから)。いろいろあって保元の乱で負けて讃岐に流罪。大河では井浦新さんが演じました。
後白河上皇―鳥羽上皇の息子。崇徳上皇とは同母弟。最初は皇位継承から遠いところにいたんだけど、乳父に信西入道がついており、いろいろあって保元の乱で勝利する。崇徳上皇を流罪にしたのはこの人の最終判断なんだけど、その後よくないことがいろいろあり、崇徳上皇の呪いだと怖がり、神社を建てたりしてお祀りしました。変人エピ多し。大河では松田翔太さんが演じました。
これだけ個性的なキャラが登場する大河ドラマ「平清盛」、ぜひ見てみてくださいね!
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はぁ〜書けた〜。
ん?
違う。
まだ終わりじゃありません。
そんな上皇の歴史について書かれているのが、今回読んだ『上皇の日本史』(本郷和人/中公新書ラクレ)です。
上皇の歴史を紐解く一冊
『上皇の日本史』著者の本郷和人先生は、上記で熱く語った大河ドラマ「平清盛」の時代考証も担当されました。
まず、前書きで、「地位」か「人」かということを述べています。
皇帝や王様はその国で最上位の権限をもちます。だからひとたべ皇位・王位を獲得した人は、死ぬまで地位を手放しません。「終身在位」が当たり前。「地位」こそが「人物」を正当化するからです。
(中略)
これに対して日本は異なるのです。「世襲」の観念が強固である。世界のどこの国でもどこの地域でも、世襲は強力な原理として機能しますが、日本はとくにその傾向が強い。そのため、「地位」よりも「人」が重視されます。
「人」を正当化するのは第一に血統であり、家柄です。「地位」が人に権限を付与するのではなく、大きな権限を創りあげた「人」がしかるべき地位を選び取る、という順番になります。
実は天皇を退いた人、上皇という位は日本にしかありません。他の国では前皇帝、前国王とは呼ばれても、それに当たる地位は無いのです。
しかし、「地位」より「人」を優先した日本では、上皇という独特の地位が誕生しました。
本書では、ヤマト朝廷の大王(おおきみ)の時代から始まり、奈良時代、天皇・上皇の誕生、平安時代の摂関政治を経て院政期、武士の台頭、鎌倉時代の承久の乱、乱後のシステム化されていく上皇、室町時代には足利将軍に取って代わられて行き、戦国時代には天下人の権威を飾るための存在になって行く。
江戸時代には、太平の世で儀式に関する需要が高まり皇室の存在が思い出されるようになるも、光格上皇を最後に上皇の位は途絶えます。
このように、上皇という位の変遷を見ながら、日本の歴史が語られています。
現代の上皇
大河ドラマの影響で上皇という存在に興味は持っていたけれど、古代から今に至るまでの上皇の歴史について触れたのは初めてでした。最初の頃は上皇自身が権力を奮っていたけれど、武士が幕府を開いてからは武士に権力を奪われ、そのうち皇位の継承まで介入され…、今では皇室そのものが政治から遠ざけられています(天皇親政の復活などは望んでいませんよ。念のため)。
私は、陛下がお気持ちを表す前から「第二の人生としての上皇」というポジションがあってもよいのではないかと思っていました。天皇の公務は激務だと言われています。災害が起きれば被災地に行くし、そうじゃない時でもスケジュールがかなり詰まっているようで、もう次世代に譲ってもよいのではないかと。そう考えていたのです。
ただ、実際にお気持ちを表し、退位(譲位)が現実的になってから、上皇の位の復活は有識者会議などでもかなり渋られていたように思えました。
私としては、「堅いこと言わずにスパッと決めてあげなよ〜。保元の乱なんて1000年前の話じゃん」などと思っていたのですが、本書を読んで、渋られていたのがなんとなく分かりました。
上皇というと、歴史を踏まえればどうしても権威が連想されてしまうからです。
今回の譲位が皇室典範改正ではなく、特例法による措置にしたのもその辺りを考えてのことでしょう。
しかし、それでも、平均年齢が1000年前とは比べ物にならなくなった今、政治や権威などとは切り離した「第二の人生としての上皇」の位をどうにか作って差し上げられたらと、私は切に願っています。
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