みつるの読書部屋

いのち短し読書せよ大人!

『ひとりごと』(市原悦子/春秋社) ― 「家政婦は見た!」の奥深さ

こんばんは、扇町みつるです。

女優、市原悦子の半生

1月12日に亡くなった、俳優の市原悦子さん。市原さんというと、放送開始年に生まれた私は、まずは子供時代「まんが日本昔ばなし」にお世話になり、少し大きくなってからは「家政婦は見た!」などの2時間ドラマでよく拝見していました。

 

映像作品だけではなく舞台でも活躍されていたようだけれど、実際どんな活躍をされたのかよく分からなかったのでエッセイを読むことにしました。今回は2001年に出版された「ひとりごと」を読みました。2017年に出版された「白髪のうた」は次の機会に…。

序盤は子供の頃〜学生時代、家族のことが書かれ、俳優座時代、退団後の仕事についてのことに続いて行きます。

 

市原悦子さんは千葉県の生まれ。小学校の頃に太平洋戦争がありました。学生時代、演劇部の顧問をしていた先生を好きになり入部。部員たちであーだこーだ言いながら一つのものを作り上げていくことがとても楽しかったそうです。

 

俳優座養成所を経て俳優座に入団。稽古と本番、そしてダメ出しの繰り返し。でも稽古好きだったそうで、時には過労で入院しながらも、とにかく夢中で役に取り組んだ。

『ハムレット』のオフィーリアを演じたときは、狂気の場面がうまくやれず、精神科の病棟に行って体感したり。

 

かわいい女の子がジーッと私の眼を見て、「先生、命令が聞こえるの。嫌だって言うのに聞こえるの」って切々と訴えるんですよ。嫌だっていうのに「やれ」という命令が聞こえるらしいいんです。そして看護婦さんに危害を加えて、個室に入れられたというんです。
そうしたら、今度は向こうで、きれいにお化粧した中年の人が歌を歌っている。映画の一場面のように、高く澄んだきれいな声で歌っているんです。(中略)

一日そこにいて、何か知らないけど、私も変になってしまって。目といわず口といわず、身体中の穴という穴から、狂気という空気が入ってきたような。毛穴からもフワーッと入ってきた感じ。どこをみているのか分からなくなりました。

 「家政婦は見た!」の奥深さ

俳優座で15年間舞台生活を送った後、環境を変えるために退団。それから「まんが日本昔ばなし」や「家政婦は見た!」と出会います。

 

「家政婦は見た!」というテレビドラマは、もう十八年も続いていますけど、あれは庶民の闘いのドラマだと思っています。家政婦が働きに行く相手は、大きくて、力があって、われわれ庶民とは価値観が全然違うという、そういう図式になっているんです。そこで知らない世界を見て、違う価値観に驚いて、そして怒って、でも細々と庶民の生活を続けていかなければならない、そういうのが骨格なんです。
それがうまく出せればいいと思って、毎回、苦労しています。だから、私にとっては好き嫌いの問題ではないんです。情熱的な、反骨のドラマだと思っています。

びっくりしました。2時間ドラマというのはある程度パターン化された世界で、時には決め台詞があったり、私が子供の頃はわりと濃厚なベッドシーンがあったりして、お茶の間が気まずい雰囲気になったりと、お約束のものを楽しむためのドラマと思っていたので、そこまで深く考えて役作りされているとは思いませんでした。

 

プライベートでは2度の流産を経験し、子宝には恵まれませんでした。でも、夫婦でそれを受け入れ、旦那様と添い遂げられました。

 

独り身の人には独り身の世界があって、独り身であるゆえに、いきいきと生きられる人生というのを、見つけていると思うんですね。何回か流産して病院に行って、もうできないということがわかって、私も泣きました。
けれども、いつの間にかあきらめていました。生来の楽天性というのでしょうか。もうできないとなったら、できない人生を、どういきいきと生きようかと。

 

私も子供を授かる可能性はほとんどないので、このあたりのくだりにはグッと来ました。

 

たまに2時間ドラマをリメイクするならこの作品はこの人がいいかもなどという妄想をすることがあるのですが(特に温泉若おかみ)、「家政婦は見た!」だけは誰も浮かびません。本当に唯一無二の俳優さんだったと思います。

 

合掌。

ひとりごと〈新装版〉

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目次

幼年時代/怪我・娘時代/兄のこと/岩上先生/父母のこと/夫/もう一人の母

俳優座養成所に入る/養成所のころ/森雅之さんのこと/豊田四郎監督/はじめての舞台/プロ意識/役者の歌・歌手の歌/役作り/アメリカ、ヨーロッパの旅/千田是也先生/女優・岸輝子さん

壁にぶつかる  俳優座退団/鈴木忠志さんの「がんばれよ」/商業演劇に出る/片岡仁左衛門さん/山田五十鈴さん/広沢瓢右衛門さんのこと/ヌードの話/待つということ/母親役/奇跡のように/役にあやかる/強く優しく生きる/「その男ゾルバ」のこと/まな板の鯉/まんが日本昔ばなし/家政婦は見た!/戦争童話集/誇り・女優として/現と遊び

舞台  いまを生きる/稽古好き/台本をもらって/せりふ合わせ/東野英治郎さん的/後ろ姿/楽屋/緞帳のあがるとき・おりるとき/準備と後かたづけ/渋い脇役/演出家について/劇場・陰影のある声/映画について/撮られる気分/色気について/笑い/深さについて/ヒステリー/生きる喜び/理想のひと月/ごちそうさま/人と出会う/一九九七年のブラジル旅行/芝居に賭ける
あとがき